中堅商社マンの海外出張報告(へなちょこ編)

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zoom RSS アメリカ駐在 ラスベガス・疾風度怒涛ギャンブル報告 

<<   作成日時 : 2006/07/11 01:13   >>

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これは俺の話だ。98年ごろの話だ。
俺がアメリカに駐在していたころ、展示会商売の為、俺はさんざんラスベガスに通った。
しかしその夏は特別だった、なぜなら会社の色々な理由で1ヶ月に4回以上もラスベガスに出張することとなった為だ。
これは、その時の記録だ。

第1章:ギャンブル・ウント・ドランクなべガス社員旅行
その時のロス支店の支店長のH氏は東南アジア英語バリバリの大ボケオヤジだった。
俺の現地での直属の上司にあたる。
このオヤジは酒もほとんど飲めなく、オネエーちゃんよりもギャンブルが好きなオッサンで、かつ基本的に性格がボケている。
だから、大ボケ事件を度々起こした。
アメリカから日本に一時帰国した際に、病院で尿道検査されて、新人看護婦に変な管を尿道につこっまれて検査され、そのまま米国に戻ったら、激痛でオシッコができない。
非常な苦痛のため、俺の後輩駐在員に緊急ヘルプの電話をしたが、俺の後輩は何を血迷ったか、
「激痛でションベンできないなら、ションベン止める薬がいんんじゃないか?」と勝手に判断し、尿道激痛で苦しみモウロウとするH支店長の為に、ションベンを止める薬をドラッグストアで買い、苦痛に苦しむH氏に緊急で飲ませた。
で、飲まされたH氏、今度はションベンが出ない。
出ないために、別の激痛が彼を襲い、膀胱が拡張し尿毒が回って更に緊急状態。
これはやばい、死ぬんじゃねーか、と判断した後輩は、どうしようもなくなって俺に相談した上で、911(救急車)を呼んで病院に。。。
米国では救急車呼ぶにも、緊急で病院に入るにも支払い能力を証明しないと、診てくれない。
救急車代は3万くらいかかったか。。。
で、膀胱破裂しそうになる苦痛の中で、クレジットカードの提示を要求されたH氏、探してみるとクレジットカードが無い。
そりゃ緊急だ、激痛だ。ある分けない。
で、膀胱が破裂しそうになる激痛と戦いながら、「俺はこういう会社の社長だ、会社はこういう会社」だと説明するが、支払い能力を証明しないと全然ダメ。

しかたなしに、後輩を電話で病院まで呼んで、やっと後輩のクレジットカードで代払い証明して、なんとか治療してもらった。
まったく、アメリカは病気になるのも面倒くさい。
で、退院した翌日、会社のトイレであったH氏。
小便器に向かって何かを捨てている。
それは、足全体に巻いた採尿袋から溜まった尿を会社のトイレで捨てていたのだった。
こう言って。。。
「いや〜、エライ目あっちゃってさぁ〜。看護婦新人だから大丈夫かなとおもったんだけどさぁ〜、管を通す時すごい激痛でさぁ〜、それから沈痛剤もらっても痛かったんだけど、大丈夫かなって思って飛行機のったんだよね。
飛行機でもチン痛かったんだけどさぁ〜、それでロス着いて翌日トイレ行ったら、激痛で血が出るんだよねぇ、オシッコに混じって。痛くてオシッコできないんだよね。で、○○君(後輩のこと)呼んだらさぁ、変な薬飲まされて、そしたら今度はオシッコしたくても出なくて出なくて、膀胱破裂するかと思ったぐらいでさぁ〜、そりゃきつかったよ。で、結局この通りでさ(足に巻いた尿が溜まった袋を見せる)、一週間は垂れ流しだって。散々だよほんとに。」
と、ブツブツぼやきながら、採尿袋を便器に開けていた。
愛嬌のあるチンイタ・大ボケオヤジだ
そのH氏、会社のご都合人事でロスの支店長から会社経営の日本のゴルフ場の管理職へ栄転と言う名の左遷となった。
H氏は会長派(社長の親父)だ。それが煙たくなった息子社長が左遷したのはいうまでも無い。
で、代わりに一応社長派のお下劣サラリーマン・東が新支店長として赴任という人事になった。
よって、やってられないH氏。
自分の送別会と称して、大好きなギャンブルとゴルフがいっぺんにできるラスベガス社員旅行を勝手に企画して、社員巻き込んで実施することとなった。。。。
で、俺がその企画に巻き込まれて、散々な目にあうこととなっっていく、下記がその報告書だ。

D部の陰謀による東との交代劇・ゴルフ場への島流しと人事異動発表時は非常に激怒していたH氏の送別の意味もあり、氏の希望で金曜日退社時から月曜日の早朝帰りという日程で、ラスベガス・ゴルフ&ギャンブル社員旅行というわけのわからない企画が本人H氏より発表され、ただでさえ休みが少ないのに、さらに土日を無駄にする社員旅行に7月31日金曜日の会社終了後に出発した。
通常通り4時半に業務終了したあと、現地社員に突っ込まれないようにこっそり出発する計画であったが、6時発のフライトに「間にあわない間にあわない」と、早く行きたいH氏本人が4時から大騒ぎし始め、ゴルフバッグの用意はするは、タクシーは早めに呼んじゃうわで、現地社員に全部バレバレ。
現地社員にいろんな嫌みを言われているのに、ただでさえアメリカ英語が分からない上に、ギャンブルを前にして異常にはしゃいでるH氏にはまったく通じず。
「もー出てもいいよね、出発してもいいよね」を4時過ぎた時点で、少なくとも20回以上発言。
業務時間が終わって無いのに、社長のあんたが秩序乱してどうすんねん状態。
やっと4時半が過ぎ、H氏・俺・O君・N君の4人でタクシーで空港に着くが、遠足状態のH氏、空港につ
いても大はしゃぎが止まらず。
待ち時間の間中に、その日の業務中に1日かけてネットで調べたラスベガスでのギャンブルの勝ち方の講義を延々しはじめ、飛行機に乗ってもまだその講義は止まらず。
「空港のスロットマシンは勝てるだの勝てない」だの、「どこのホテルは出る」だの、「カードは結局儲からない」だの、誰も聞いてないのにしゃべり続け、同乗のメキシコグループの大声会話と混ざって俺はまったく眠れず。
で、1時間後、ベガスの空港についてスロットマシーンを見るや否や、H氏の目の色が変わり、すでに子供状態。
「あれが出そうだ」とか、「あのマシーンのパターンは出ない」とか、やたらうるさい。
ここで、4人2ツインを取っているため誰がこのオヤジと同室になるかで社員大モメ。
一緒の部屋になるのが嫌な俺は後輩O君に「俺が同室になるくらいなら今から帰る」と宣言。
困ったO君、N君にジャンケンで決めましょうと提案し、N君負けてシブシブでオッサンと同室。
チェックイン後早くギャンブルやりたいHオッサン。
「もう食事なんか簡単でいいから、バッフェでもなんでもすぐ済むやつしてよね」と思いっきり主張するため、バッフェに行くもどこも大混み。
ほかのレストラン探しまわり、それでやたら時間がかかり、オッサン超イラツキ状態。
「大体ラスベガスは人が多すぎるんだよね」って、それはアンタみたいのが来てるからやんけ。
「みんな何しに来んのかねぇー」って、アンタと一緒でギャンブルやんけ。
結局客のいない中華風飯屋で4人でソバ食ってたら、自分だけ超速攻でソバ平らげ、Hオッサン即スロットマシンの波の中に消えて行き、行方知れずに。
会計くらいしろよな、オッサン。
次の日朝からやるはずのゴルフをどうするかも聞かないで、コマッタ親父の本領大発揮。
N君が同室だからいいものを、一人部屋だったらどうする気やったんやか。
俺と他2人、オッサンのハシャギで超お疲れ状態であったが、いちおうスロットに誘われ挑戦。
最初にやった5ドル台でたった30分で500ドル当てる。
これが今回の悪夢の始まり。
気をよくした俺。
そのまま5ドル台へ全力投球するも、先に当てた500ドルとその日に銀行からおろした300ドルを1時間で喪失。
これはまた5ドル台でとりかえせねばならないと思い、キャッシュカードで金をおろそうとするが、1日の引出リミット300ドルをすでに超えている為、引き出せず。
一文無しの俺は超困惑。
悩んだ末にクレジットカードで200ドル借りようとするが、機械のアクセス方法を間違えて、カードが使えない状態になる「ザ・踏んだり蹴ったりシチュエーション」で、その日Hオッサンと他2名を無視してフテネ。
次の日は朝からゴルフ。
気温35℃以上の砂漠の猛暑の中での拷問ゴルフをさせられ、ここでも企画者を呪う。
俺と当のH氏本人とはスクラッチ40ドルを掛けたデスマッチをここ数ヶ月間続けており、この炎天下でも勝負はデッドヒートを続けるが、結局初日引き分けで賞金まったく無し。
その夜は前日の負けを取り返そうと、その日おろした300ドルから残った200ドルをいきなり5ドル台に投入するもたった30分で破産。
キャッシュカードはすでに限度オーバー、しかた無しにその日はやり方をよーく熟読してクレジットカードで200ドル借金。
今度は少々ビビッテ、1ドル台に変更して勝負するもあっさり破産。
もう俺は止まらない。
また300ドル借りて勝負、その後がっくりしてフテネ。
翌日日曜日に、また地獄のゴルフをするもゴルフは超調子良く、スコア90の武血義理の大優勝。
H氏より前日流れたデスマッチ代を含めて120ドルせしめ、優勝賞金300ドル他を入手。
これで気を良くした俺は、その金をマシンに即投入、そして惨敗。
その後200ドルのクレジットカード借金。で、5分で消失。
最悪の日曜日にホテルの窓からラスベガスの夜景を眺めて、超大意気消沈。
「俺ってなんて馬鹿なんだろう」とぽつりと一人言、そしてフテネ。
ゴルフで儲けても、一時のヌカ喜び。
次の日早朝、5時置きで空港に行くも、飛行機は2時間遅れ、挙げ句のはてにO君のバッグミッシングで、8時半前に会社につくはずが、10時近くまで遅刻し、他従業員からの超巨大大ヒンシュク。
それにまったく気づかないH氏。
その日の昼飯で、「イヤー、楽しかったよね、やっぱりラスベガスだよねぇ〜、もう思い残すことないぐらいギャンブルしたよ、負けたけど」と大満足状態。
結局、俺・O君・N君は何しにいったんだか、やりきれない思いでいっぱいに。
そして当の俺自身は、3日後、休みも無く履物ショーの為に、またラスベガスへ。
この後、履物ショースロットマシン土壇場逆襲編、そしてまた休みもなく社長夫婦ゴルフ接待編、雑貨ショーでの破産、そして以外な結末編と続くのであった。

第2章:泥沼のラスベガス復讐戦履物ショー
前回の社員旅行で1000ドルも負けた俺。
社員旅行から帰って3日後には履物のショーで、またラスベガスに。
今回は仕事で来てるし、ギャンブルやらないデザイナーさんと一緒だから、昼は仕事に集中し、夜はデザイナーさん一行の酒の相手をすればいいからスロットやらなくて済むと考えたが、まったくの裏目。
デザイナーさんは今回日本の母体部署から誰もショーの手伝いに来ないので、娘を手伝いに連れてきた。
娘はべガスは初めてで、スロットみるなり、「わー、面白そう、夜寝ないでも頑張ろう!」などと言っており、いやな予感が背中を冷やす。
ショーの前日は遅くまで準備し、夕食とって帰るや否や、娘可愛いデザイナーさん。
通常はスロットに見向きもしないのに、
「いつもはギャンブルする時間無いけど、今回は特別にスロットにつき合うか」とか言ってはしゃぐ娘と始めたから、さー大変。
もうこれ以上負けられないほど切羽詰まってる俺、最初はせこく25セント台で始めるも、酒が効いてるから堪え性が無い。
即負けた25セント台を立ちあがったころには、すでに前回の負けを取り返す決意バリバリ。
即行で5ドル台に取り掛かり、3分で100ドル負け。
これは5ドル台じゃ無理だろうと、1ドル台に注ぎ込んで2時間以上ねばり、500ドル取り戻したころにはすでに午前3時。
次の日の朝食時に、儲かりましたよと自慢したら、娘さん(当時24才)が、「すごーい、今夜もやるんでしょ、頑張ってくださいね」なんて言うもんだから、最近若い娘にすごーいなんて言われてない俺は俄然やる気で、全負け取りもどす気になちゃって、その日の仕事と夕食終わって即スロット直行。
もうデザイナーさん親子なんか目に入らない。
で、前日の勝ちは1時間で終了。持ち金の残り100ドルは5ドル台で5分で消失。
またキャッシュカードで金おろした300ドルはすぐに無くなり、帰ったホテルの部屋で、自分に向かって一言。
「1000ドルの負けはいい勉強にしとけばよかったのに、俺って何てあほなんだろ。」
翌日は日本の靴問屋C社一行が合流。
スペインの履物メーカーとの会食の通訳させられて、最後は毎度の事ながら全員酔った挙句の修羅場。
こっちは明日も仕事あるし、客だと思って酔えないから、修羅場になったのをいいことに通訳ほっといて抜け出してスロットに。
ちょうど300ドル当ててるところ見つかって、C社の社長が超酔っぱらって、
「なんだ通訳いないと思ったら、こんなところでスロットルやってるぞみんな」と大声で叫ぶもんで、白人から日本人から何事かと寄ってきて、俺的には超立場無し。
結局全負けで残金20ドル。
しょうがないので25セント台やったら1000枚当たって、250ドルに。
これで気を良くして部屋に帰る。
次の日デザイナーさんの娘さんから、「昨日○○さん(俺のこと)がやってた台の後にやった人が目茶苦茶儲けてましたよ」と聞かせれ、足腰立たない状態に・・・・
この最後の夜も1時まで大負け状態で、午前2時には残金100ドルに。
ついに観念して帰ろうとしたところ、、、、、
兼ねてからこの台は当たるとチェックしていたが、常時誰かに占領されていた台が、ポツンと寂しそうに空いているではないですか!
迷うこと15秒、意を決してナケナシの100ドルを投入したら、、、
当たるわ当たるわ777が止まらない。
結局ジェラシーの白人ババアが自分ばかり当てやがって、あたしにもやらせろと邪魔しに来る午前4時まで出っぱなし。
合計1700ドルをいっきに回収し、この時点で負けは300ドルに。
ただでさえ無い睡眠時間を削って、昼は肉体労働して、長い時間精神を使って、結局300ドルの損。
がっくりしながら帰る俺に、翌日から社長夫妻のアテンドが待っているのでした。



これは俺の話。前回の続きの話だ。
そうだ、ある年の8月の1ヶ月間のロスとベガスの社内接待と展示会とギャンブルの顛末記だ。
で、前回のラスベガス出張までで散々スロットで負けた俺は、翌日からのロスでの自社社長夫婦のロス出張アテンドと、それにつづくラスベガス雑貨展示会への出展が待ち構えていた。
以下がその記録だ。
ちなみにロスでの社長夫婦接待には、当時NYで支店長をしていて、社長接待にのみ全身全霊をかけて出世し、社長のオヤジの会長には嫌われている、タイコもち常務(アメリカで一番えらい奴)がわざわざNYからロスへ出張し、参加することとなった。
仮にその社長接待タイコもちオヤジをトラ(仮名)としよう。
「更なる出世はこの時だ」とばかりに参加するNY支店長:トラ(仮名)と、会長派で息子社長には少々ついていけない我がロス支店長:H氏の両名が中心で、社長夫婦をアテンドすることとなった経緯が前提だ。
ちなみにトラ(仮名)は、社長の接待になるとやたら細かいところまで小うるさくなる奴だ。

―「トラ」が威を借りたい社長夫妻ゴルフ熱中編 ―

ラスベガス履物ショーで、負けながらも不眠不休でなんとか300ドル損までにもってきた俺、最終日のロス到着後にデザイナー親子をガーデナにある深夜営業ラーメン屋キラクまで連れて行き食事させ、その後帰宅し、へとへとで睡眠。
翌日、ついに今回のメインイベントである当社社長夫婦ロス到着。
その到着からさかのぼること1ヶ月前の7月、大ボケ支店長のH氏から突然呼ばれ、依頼された内容は…
H氏:「いやー、今さ、あのトラ(仮名)から電話あってさ、8月に社長来るのは奥さんと一緒なんだよね〜。 ま〜しょうが無いじゃない日本はお盆なんだしさ〜。
えっ?嫌だって!
それはだめだよ。○○君(俺のこと)。
君は副社長なんだから社長の奥さんでもアテンドしてもらわなきゃ。
えっ、副社長になんかしてくれって頼んでないって?
そういうけど、副社長なんかなれる機会なんて無いんだから日本ではさぁ〜。」
(あんたが運転と社長のアテンドしたくないからって、そういうときだけ恩着せがましく言いやがってよ。)
H氏:「ま〜今回はサンフランシスコとシアトル行って、社長が今度建てる新居のデザインとか下見みたいでさ〜。
で、トラ(仮名)からの電話ではロスも4日間寄るんだけど、その際にはラグナビーチのリッツカールトン泊まりたいって言ってるんだよねぇ。(注:最高級ホテル)」
H氏:「でさ、予約はトラ(仮名)がして、オーシャンビュー取ったらしいんだけど、海がみえなかったら大問題だから僕に下見してほしいって馬鹿なこと言って来てんだよね。
ほんとに、トラって馬鹿だよね、オーシャンビューったら海見えるに決まってるじゃんね〜。 
でも、そう言ったらさぁ、何が起こるかわからないから下見しろってしつこいんだよ。
トラがさ、自分でホテルに電話して、部屋を今から決めろって言ったら、ホテルから当日にならないと部屋は確定できないって言われて、それからチェックインを早くしろって言ったら、混んでるからこれも当日にならないとわからないって言われたらしく、不安だから下見ついでに確認してくれって。
も〜ほんとにアホなんだよね〜。
で、あんた(俺のこと)は初日の社長アテンドだけで、その翌日はO君とべガスに行くことになってるよね、だから3日目は僕が社長を空港まで送らなきゃいけないんだよね。メンドーなんだけどね。」
(ってそれがあんたの仕事やろうが)
H氏続き:「それでホテルから空港の道順の下見しないと、僕方向音痴だから(極度を越して障害に近い)、いっしょにホテルに下見行って空港まで行ってほしいんだよね〜。
悪いんだけどお願いしたいんだよね〜。」
てなことで、、、、、
俺はメチャクチャ忙しいのに7月末にH氏つれてラグナビーチまで下見に。
その下見の車内。俺が運転で、H氏がナビ。
このH氏、ただでさえ声がでかいのに、密室の車のなかで大声で話すので、声が車内で反響して耳がイタイイタイ。
ホテルで部屋の下見したところ、全部の部屋が海に面してる部屋になっており、何を心配するのかまったくわからず。(電話で聞けばすぐやん)
その後ホテルから空港までの道を確認しながら走るも、あーでもないこーでもないと脇からH氏がうるさいので途中で場所をロスト。
そしたらそしたで、、、、
「○○君でも道に迷うのか」とか、「僕より方向音痴だ」とか、またうるさい。
(あんたがちゃんとナビやらないからやん)。
また無人料金所じゃ2人とも小銭持ってなく通行料を払えず、料金所のゲート前で右往左往。
H氏、ついに道に落ちてる25セント2枚見つけてそれをボックスへ。
って、まさに拾い乞食か?状態。
H氏も、自分で運転しなきゃいけないと思ってか、地図を見ながらメチャクチャ真剣。
(普段の仕事も、それぐらい真剣になってくれよ、まったく)
でも、持ってきた持参の地図はロス全体の地図なので地図の表記区域が関東平野くらいで、でかすぎて、まったく道路名が書いてない。
(それじゃ、意味ないじゃん、おっさん)

さて、べガスより帰ってきたヘロヘロな俺、翌日ついに社長ご夫妻が到着するため空港へ。
H氏およびN君を伴い出迎え。
そこに、当日30分前着のNYからのレッドアイ便(夜行便)で、ニューヨークより入ってきたトラ(仮名)が早速ながら空港にいやがる。
(まったく出世の為とは言え大変ね。その名の通りに目が充血してるぞ、おっさん)。
ご夫妻到着した為4人で出迎え、社長の嫁というくらいだから偉そうで意地悪なんだろうなと想像し覚悟していたところ、これがまったく気さくなご婦人で、キャピギャルのような性格+アニメ声で、H氏も俺も超びっくり。
そのままホテル(リッツカールトン)にチェックインし、すぐロス支店訪問。
しかしながら、運転中にロスのことや窓から見える景色とか建物とかについてあれこれその嫁さんが聞くから俺も答えるのと運転で超大変。
あげくに、横からトラ(仮名)が知ったかぶりで口出すから余計混乱し、社長は社長で嫁さんに注意するし、嫁さんはアニメ声で社長をパパとか呼ぶんで何か変な感じだし、車中大混乱。
さすがに社長も「人前でパパだけはやめろ」とテレ笑い。
H氏のみ一人逃げて、N君の車でホテルへ伴走するも、途中で道を間違えて遅れるし、まったく勘弁してほしいっす。
その後会社訪問し、社宅ご視察。
社宅視察中に奥さんが、「あたしロスにも駐在した〜い」とキャピギャル丸出しではしゃぐし、トラ(仮名)はトラで社宅にあるフィットネスフライヤーというエクササイズマシンを勝手にやり始めるし、何しにきとんねん。
(デブがちょっと何とかマシーンやったってやせるかボケ)
そしてその日は恒例のビバリーのローリーズでステーキ食うも、
「パパあんまりお肉食べちゃだめ、ワインは1杯で止めときなさい」の奥さんからの攻撃で、
社長もいつもの調子でずフェードアウト状態。
翌日はバレンシアで社長ご夫妻・トラオ・俺のゴルフ大会。
俺は寝不足でフラフラのところ、なんとその日は38度くらいある天候で蒸し暑いこと最大値状態。
反して、社長嫁さんは元気な上に、クラブ途中で忘れちゃったりするから、俺も取りに走ったり戻ったり、社長の打った玉捜したり、さらにフラフラなところにトラ(仮名)が半テンポ遅れたおべっか使うから、それをとりなしたりで、もう超疲労困憊。
社長ご夫妻の接待してるんだから、トラ(仮名)は黙ってりゃいいものを、自分のアピールしなきゃいかんと更に余計なことするから、全部俺の処理にかかって、2重手間状態。
トラ(仮名)は邪魔だから来ないか、来ても黙ってりゃいいものを…まったく。
またこのおっさんは社長に聞こえないところでも、一生懸命に社長を誉めてるからわけわからん。
俺に社長のおべっか言ってもなんともならんやん。
最終ホールを終わった時点で、俺ぐったり。
でもスコアはハンデもらったんで社長から9ドルもらうはめに。
「イヤー社長結構ですよ」と言おうとしたら、嫁さんが、
「パパ、ちゃんと払いなさいよ」って間髪いれず言っちゃうもんで、社長も俺も引くに引けず、
結局社長から9ドルもらう羽目に。
そのときのトラ(仮名)の顔の表情は、、、、、、
「これでお前は出世しないぞ」みたいなしたり顔しやがって。
お前みたいな出世なんちゃ、したないわい。
超過労状態のまま、あまりに長距離のためラグナビーチまで送れず、O君に途中で交替してお役ごめん。
そのまま翌日から再度雑貨ショーのためにべガスへ行くのでした。
怒涛のスロットまじ大変が待っているとも知らずに…

― 1ヶ月3度目のべガス・ギャンブル乱闘編 ―
社長夫妻の接待の残りをトラ(仮名)・H氏にまかせて、ヘトヘトながらも、雑貨ショーのために8月3度目のべガスに出発。
その日の晩、前回取り返した1700ドルの現金を入金せず、財布に入れておいたままだったのが、またもやハードな日々の始まりの原因に。。。。。
まず前振りは、初日12時近くまでスロットルをまわしてまったくダメな状態の横で、同行の後輩O君が最後に25セントで1000ドル大当。
これに触発された俺、手持の現金の使用が止まらず。
履物展示会時にほとんど徹夜で取り返した1700ドルは2晩ですべて紛失。
展示会は全部で5日もあり、その後の2日は金おろしたりカードで借りたりし、最後は儲かったO君に金借りて突入するも惨敗。
4日目、ついに3000ドルまで負け越したストレスでO君と他の同行者1名相手に戸越ラーメンで日本酒散々飲んで泥酔状態に。
べガスのストリップストリートを泥酔のまま徘徊し、歩きながら泥酔のままの俺は、シーザースパレスのロビーで、突然「酔拳」とか叫んだ挙句に、後輩O君の背中に向かって突然ダッシュ。
そのままジャンプし飛び上がって、O君の背中に欽ちゃん蹴り。
勢いあまったO君は、そのまま大勢が行き来するロビーの床に前のめりで転倒。
欽ちゃん蹴りしてO君を転がしたら周りの白人に大受けに受けたので、そこはそれ、泥酔しているからしつこい俺。
その後何発もO君の不意をついて欽ちゃん蹴りをいれるが、さすがO君も警戒して、そのつど失敗。
最後にO君をシーザースパレスの噴水に落とそうとして再度失敗し、いっしょに倒れ込んだところで彼のエルボ―が俺の胸を直撃。
翌日激痛に(結局その後3週間痛みが引かず)。
更に泥酔3人組は、ミラージュ前のボルケーノ(火山のアトラクション)まで徘徊。
今度は後輩O君に日系アメリカ人のフリをさせ、日本人の女子大生かOLらしき観光客女性をナンパさせるも、最初だけカタコト日本語で、
「ニッポンカラリョコーデスカァ〜、ワタシ、エイゴヲ、ティーチユー、ネ。アナタ、ニホンゴヲ、ティーチミー、ネ。OKデスカァー。ワタシニッケイ7セイネ。ルパン3セイジャナイデースネ」とうまく言わせるも、その後に続けた日本語が普通の日本語発音で、即ばれてナンパ失敗。
後輩O君はナンパして失敗するし、背中は靴の跡だらけだし、他の1人もギャンブル大負けだし。。。。
で、みんな散々な状態で最後の夜はふけていったのでした。
前日の夜までに3,000負け、流石に自分の馬鹿さ加減を呪った俺。
泥酔も醒めかけ、最後の100ドル(後輩O君に無理やり借りた)を握りしめて、12時過ぎてから最後の賭けにフラミンゴヒルトンへ。
なけなしの100ドルを、あのマシンに投入。
そう、前回の履物ショーで俺の次の奴が当てたいわくつきの5ドル台に迷ったすえ投入。
もちろん5ドルの3枚掛け。
一回ボタンを押すごとに、破産前の緊張感が全身を襲う。
心象風景は完全崖っぷち。あと数歩で崖から落ちる状態。
85ドル、60ドル、と残額が減って来て、心臓バクバクのところへ、4回目のスロットを回して。。。。。。
7が最初に来たとたん、続いて7・7と一直線。
「ウゲェ」と思った瞬間に、、、、、
スロットマシンが大音響とともに、変な音楽を演奏し始めた。
そう、またもや最終日大当たり状態。
一発で2,000ドルの大当たり。
周りの見物客の白人・メキシカン・黒人そろって大騒ぎ。
当の俺は、頭の中が真空状態。
周りの人間が寄ってくるわ、寄ってくるわ。
「すげー」だの、「グレート」だの、「ムイビエン」だの、「へんはお」だの、うるさい。
挙句に人から運を吸い上げようと、どいつもこいつも背中をたたく。
(当たった人間に触れて運をもらおうとするのは、ラスベガスではしょっちゅうのこと)
で、音楽がなるだけでコインは全く出てこない。
2,000ドル以上になるとコインは出てこず、係員の棒タイした兄ちゃんがやってきて小切手か現金をその場でくれる。
が、後日税金納入が必要なため、TAX ID番号の申請手続きに時間がかかる。
その間も機械は音楽なりっぱなし。。。。
だんだん恥ずかしくなってくるが、そのマシンから離れるわけには行かない。
結局5分後、俺は多数の人間が見ている前で数えた現金を兄ちゃんから渡される。
これ以上無いくらいに目立っているので、現金入手後そそくさとその機械から離れ、別の場所へ一時退避。
(スロット近辺を流しているラテン系売春ネエチャンにしつこく言い寄られるの避けるためだ。これが一番危ない奴らだからだ。)
で、それから今度は1ドル台に戻り、再度色気が出て勝負継続。
今度は運が逃げず、ピーク時2400ドル、2時までかかって少々負けて、結局1800ドルとり返す。
まー、結局今回(今回の展示会の分のみ)の負けは取りもどしたからええかと、一応納得して最後の晩を締めくくるが、結局トータルでは差し引き1200ドル負け。
徹夜の時間と体力と精神力を無駄に消耗しただけ。
そして就寝。
翌日はベガスからロスへ飛行機で帰るために飛行場へ。
「これでベガスもあと半年は来ないからこの負けで終わりだな」と、マッキャラン空港で考えながら、喫煙ル―ムの1ドルスロットルを暇つぶしにまわしたら、、、、、
なんと、300ドルあたり。
その後登場するはずのアメリカンウェストの飛行機がまた遅れ、2時間待たされるというので、さっきの喫煙ルームに戻ってスロットルまわしたら、、、、
今度は600ドルあたり。
こうなったら、もう止まらない。
更に登場ぎりぎりまでスロット回していたら、登場しろのアナウンス開始。
最後の一回点と思って、最後のスロット回したら。。。。
またまた400ドルあたり。
で、もう登場締め切り時間になってるのに、出てくるコインが遅い遅い。
他の2人に手伝ってもらって、コインをダッシュで回収して札に換金して、ぎりぎり飛行機に間に合って乗り込んだ。
何と当たらない空港のマシンでトータル1300ドルもあたり、結局トータルは100ドルの儲け。
O君は初日の1000ドル全部すり、他1名は散々の負け。
俺一人何とか黒字。
まったくこの1ヶ月は何であったのか考えさせられること尋常でない日々でした。
しかし、最後にここまで持ってくる俺自身の根性には、自分ながら驚愕する思いであったとさ。
もうギャンブルやんない。あほらしい。
で、半年後、確定申告して請求され税金は、、、、、、
なんと、2,000ドル。
2、000ドルの2回当たり(1回は年初)+αの時の申告で、結局1/3が税金に。
で、その税金払った半年後は、ほとんど文無しに。。。。
残ったのは、O君のエルボー打撃で入れられたあばらのヒビだけ。。。。
結局トータル2,000ドルの負けで終了し、税金払って、駐在終了とともにアメリカを去ったのでした。
おしまい。

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内 容 ニックネーム/日時
中堅商社マンさん、はじめまして。
私は商社から内定をもらっている、しがない学生です。

とかく商社業界は、
仕事がわかりにくかったりということで、
イメージがつきにくかったもので、
商社の方のブログを参考にさせていただきたいなあと拝見してました。

そのなかでも、
中堅商社マンさんの書き方や生き様みたいなのが、
面白くて、かなり爆笑してました。

とりあえず、ダントツ
中堅商社マンさんの文才が見て取れました。

一方、私も将来このような業界に突入することを考えると、
一抹の不安も感じることもあります。
そんなことをいっていてもしょうがありませんので、
今のうちから、飲みの耐性など、事前の対策を怠りなくすることで
乗り切ってゆこうと考えております。

お忙しいとは思いますが、
またのブログのアップを楽しみにしております。
やまおう
2006/07/16 15:11
やまおう様、コメントありがとうございます。
それはそれはご愁傷様です。
商社に入られる決心をされたとは、お仲間が増えてうれしい限りです。
商社は規模が大きいのであれば、色々な物や商売を取り扱えるし、一人で世の中をあっと言わせる市場を作ることもできるし、面白いですよ。
でも、中堅商社みたいなところだと、ニッチな商売で隙間を狙ってあくせくしている場合が多いので、メーカーさんや客先の両方にデッチのごとく扱われるのはしょうがないですね。慣れて信用得るまで大変ですが。。。。
まー、商社マンは個人的に、如何にその両者と市場のヌルヌルな潤滑油になれるかにより世の中の評価が違いますが。。。
百戦練磨になるまでには、根性とアイデアと体力とギャグと、人と市場を敏感にキャッチできるアンテナが必要ですね。
それを磨いてがんばってください。
仕事の苦境もギャグにできるころには、商社マンのとんでもないプライドができていることでしょう。
商社マンになってからのギャグコメント期待しております。
中堅商社マン
2006/07/16 23:52
くすくす。。。道に落ちてる25セント2枚を見つけて。。。ってそんな事をアメリカのハイウェイでしてるスーツを着た日本人男性2人を見てみたい。。。
海外好き
2006/07/17 01:47
海外好きさん、お久しぶりです。
そうなんです。笑っちゃいます。ニューポートからジョンウェイン空港までの山道の料金所前でスーツ着た日本人二人が、ゲートの開け方も分からずに右往左往して、後ろの車を先に行かせて、やっとトールゲートの開け方分かったら、今度は25セントが無い。2人とも持ってない。
で、同行のおっさんはゲート突破しちゃえとかテキトウなこと言いながら文句つけるし、自分も25セント持ってないし。。。。
挙句には、スーツ着たまま道路にかがみこんで、小銭拾ってるし。。。。
一応ロス支店の支店長なのですが、そのオヤジは。
因みにオヤジは、高速の降り口間違えたため、それに気がついて、いきなりランプを逆走し、黒人警官にこっぴどく説教喰らった前歴があります。
まったく、チン痛になったり、小銭拾いしたり、高速逆走したりで、権威もヘッタクレも無い親父ですね。
他には、車のギア入れ間違えて、社宅の自宅ガレージに突然バックして社有者自爆オカマにした上に社宅のガレージドアを大破させたこともありました。笑えますね。こんなのばっかです。中堅商社の人間は。
中堅商社マン
2006/07/17 11:38
中堅商社マンさん、ご返信ありがとうございます。

支店長さんが、社有車を破壊してしまったり、
料金所の使用方法が分からないというのでは、
正直、ちょっと心配になったりもする気持ちも分かりますよ。
でも、人間味があって良いのではないでしょうか?

就職先は王手総合商社ですので、
アドバイスいただきましたように、
大きな仕事ができるのではという期待もありますが、
組織だっているため、
ルーチーンワークなどで人間味がないんじゃないという心配もあります。

勿論、おっちょこちょいでクビになってしまったら元も子もないですが、
仕事で真っ白になりながらも人間味と余裕は持ってたいですね。
(徹夜の接待の後にラスベガスでひたすら取り戻そうとするだけの
余裕かませるようになりたいです。)

あと一年くらい待ってください。必ずコメントいたします。
やまおう
2006/07/17 13:58
すいません、質問です。
仕事に楽なのはないですが、商社って激務激務といわれてます。
中堅サラリーマンさんは、平日平均睡眠時間何時間くらいなんですか?
うちの会社は、希望部署社員訪問したときに、
朝は先物市場の関係で7時半出勤、終わるの深夜12時くらいって
言われて、学生ですので毎日これで正直やってられるのかよ〜と思いました。
人間、これでよく病気にならないもんだ(肝臓とか脳とかやばそうですが)と
思います。

課にもよると思いますが、
中堅商社マンさんや先輩同僚後輩の睡眠時間、教えてください。
あまったれた私の根性、たたきなおしてください。

よろしくお願いいたします。
再び、やまおうです
2006/07/17 13:59
あはは。山道だったんですね。私も日本人なのに、こう言うのも何ですが、後から来た車にどうすれば良いのか聞かないで先に行かせて観察するところが、とっても日本人サラリーマンっぽくて良いです。

ランプの逆走。。。そんなの、日本だってしちゃいけないじゃないですかね〜。その人に仕えなきゃいけないっていう、辛さがでてますね〜。がんばって下さい
海外好き
2006/07/17 20:54
やまおうさん、コメントありがとうございます。
商社も体力的に大変なのは新人から5年・10年目ぐらいまでですね。
そのころは私も週3回深夜タクシー帰宅してましたし、朝5時起きで出社してましたから、睡眠時間は4時間平均くらいだったでしょうか。
会社の応接室でも随分寝た記憶もありますし、昼間に倉庫でダンボール敷いて寝たのもしょっちゅうでしたね。
どこでもそうですが、後輩できて中堅になって商売を自分で切り盛りできるようになると余裕がでてきますね。
まー、優秀な人で3−5年、優秀じゃないとヒマな部署や子会社に飛ばされて余裕バリバリになれます。
5年くらいはデッチ奉公かエプロン奴隷奉仕?と思った方が、商社は後が楽ですよ。
一番いいのは、1年・2年先の先輩を1年くらいで抜いちゃうことでしょうか。そうすると雑務が減ります。
5年くらい商社で激務に耐えると、歌って踊れて営業もできる国際的肉体労働者(中堅商社マンだけ?大手はないか。)になれますので、後はどこでも戦えます。1年後のギャグコメントを期待しますので、がんばってください。
中堅商社マン
2006/07/17 22:38
海外好きさん、返信ありがとうございます。
そうなんです。鉄則です。先に後続車行かせて観察するのは。
そんな人もいないようなトールゲートで、いきなりスーツ着た東洋人二人が車降りて近づいたりしたら撃たれますね。ボケオヤジが撃たれるのはいいですが、立場と言葉上私が聞きに行くことになるので、そんなオヤジの為に撃たれるのは浮かばれませんので。。。
しかし、50過ぎて高速のランプ脇で黒人警官に説教されている図は嫁や娘に見せたくないでしょうね、そのオヤジも。
因みに、このオヤジが壊す前まで、社宅のガレージのドアは木製でしたが、このオヤジが壊したおかげで強化プラスティック製のシャッタードアになりました。バックして自爆オカマしたボルボは修理して次の支店長が使ってましたが。。。。
ホントにそんなのばっかですね、中堅商社のおえらいさんは。。。
中堅商社マン
2006/07/17 22:47

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