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ということで、俺と先輩上司と後輩の3バカトリオ一行は、典型的な中国の一本溝トイレで見た「小僧のウンコの気張り」目撃談についてほのぼのと会話しながら、龍口という辺鄙な町から威海という山東半島の北の突端の町で向かった。 黄色い車体にデカデカと「煙台出祖汽車公司」とか青ペンキで書かれた上海製サンタナタクシーに乗って、運ちゃんと計4人で向かった。 90年代前半のそのころは、龍口から威海へもやっと高速道路が途中まで通っていた。 高速と言っても、なぜか道路の脇を路肩を自転車が通っている高速だ。 但し自転車が高速で高速度で走るわけではない。 いくら人民が心身強健でも、自転車で高速道路で高速では走れない。 高速道路の路肩を、人民服着たオヤジが、自転車で、100キロ以上で走ってたら、 それは異常だ。 自転車で100キロくらい出るとすると、人民服の上半身は良しとして、 下半身は異常なペダルの回転スピードではっきり見えなくなるはずだ。 それでは、仕立ての悪い人民服ズボンが5分と持たない。 13億人以上いるから、その中の1人ぐらいは自転車で100キロ以上で走れるオヤジもいそうな感じだが、やっぱり絶対いない。いるわけない。いたら怖い。 人民英雄オヤジ、自転車100キロ、上半身人民服、下半身丸出しになる。 それをさも「省の鏡だ」みたいにCCTVでニュースで放送しそうだ。 ちなみに、中国では人民服を、人民は人民服とは言わない。 人民服は人民の着るものではない。 人民は人民服と外国で呼ばれる人民服を人民が着ている。 なにがなんだか分からないが、実際はそれを中山服という。 理由は、人民の為に、茨城県在住の日本の中山さんが考案したから、そう呼ばれる。 呼ばれないって。それはウソだって。(ホントは孫文が考案したからだ) 話はそれたが、ということで、そのころの中国の高速道路はなぜか路肩道を自転車が通れたり、歩行者が横断したりできたもんだった。 (ホントはしてはいけないが、いつの間にか、なしくづしにそうなっていく) しかし、以前は5時間くらいかかった龍口―威海間も、その自転車オヤジのお陰で(ウソ)、3時間くらいで行けるようになっていた。 それにもかかわらず、俺たち3バカトリオは運がよほど悪いのか、途中まで順調に進んでいたはずの、そのテキトウに建設されたその高速道路で突然渋滞に巻き込まれた。 かと思うと、一向にその渋滞を抜けられない。 というか、30分以上経っても、車が一向に動かない。 俺たちの乗った「煙台出祖汽車公司」タクシーの運ちゃんは、痺れを切らし、車をそのまま停車し、前方に歩いて確認しに行った。 しばらくして戻ってくると、俺たちの山東省到着当日の夜の大雨が原因で、途中の高速に掛った橋が流されて通れないとのことを興奮して説明する。 空はいつの間にか雨模様だ。 普通なら戻るところだが、それはそれ、ヘッポコ中堅商社マンの3バカトリオだ。 全員の習性として、安全より客とのアポイントが優先だ。 なので、3バカ全員、前に進むことしか頭にない。 他の選択肢を考えない。 どいつも、こいつも、中堅商社マンはそんなもんだ。 橋が流れようが、車がポンコツだろうが、今日中に目的地の威海に着かなければ明日のアポイントに問題が生じる。というか履行できない。 で、運ちゃんと俺と後輩の3人で相談した。 というか、嫌がる運ちゃんに料金倍額料金ををちらつかせてなんとか今日中に威海まで行ってもらう事にした。 元々通常より大目で交渉してあった料金が、橋流れのお陰で倍額だ。 運ちゃんにとっては、上客の上にラッキーだ。 料金が倍と決まったら、そこはそれ、運ちゃんも人民だ。 いきなり目の色が変わって、近くにいたほかの人民になにやら聞いた後、俺達3バカを乗せ、元来た道を超高速度で戻り始めた。 で、途中まで戻ると、高速から支道に分岐した道をとった。 一般道だ。というか、ほとんど農道だ。 で、前日の大雨だ。車は中古のサンタナだ。農道だ。舗装してない。 だから、道がグチャグチャだ。 よって、車は右に左にすごい角度で傾きながら走行している。 ほとんど横転寸前だ。 運ちゃんは進むことに集中してるから、乗客までケアしない。 車の中は男4人だ。サンタナはサスペンションが悪い。 よって、運ちゃんを含めた4バカ・カルテットは、汚い車の中で大揺れに揺らされる。 気分が悪い上に、ケツが異常に痛いのをガマンしながら、サンタナの横転と分解と誰かのゲロのみを心配して、全員が苦痛に耐えていた。 やっとぬかるんだ農道らしき抜け道を抜け、テキトウに舗装された道路に出て安心した俺は、他のメンバーは大丈夫かと、周りを見た。 一応先輩上司も後輩も問題ないようで、ホッとした顔をしている。 で、後部座席に座っている先輩上司の手元を見ると、何かを握っている。 なんだ、なんだ?と思って、凝視してみると、それは、 車の後部ドアの上部に付いていた、車の横揺れの対応用の、乗客用ハンドルだった。 さっきの農道の激しい横揺れで、取れていた。 さすが、サンタナだ。 俺と先輩上司は、顔を見合わせて、運ちゃんにバレないように、そのハンドルを、、、、 助手席の背中のポケットにそっと隠した。 その辺は、日本人も中国人も、やることは一緒だ。 人民も国民も中堅商社マンも大手も、ハンドル取れて、運ちゃん気がつかなければ、 やっぱり隠す。そんなもんだ。 さて、それから別の橋を渡ってなんとか元の高速に戻った車は、その高速道路の終点まで疾走し、それからトラックが多数行きかう一般道に入った。 その頃にはもう日も暮れて、あとは行きかうオンボロトラックや社用バン対抗車との中国お決まりのハイビーム+クラクション合戦を繰り返した。 9時近くなってやっと、威海唯一の外人でも泊まれるホテルである威海衛ホテルに着いた。 もちろん日帰りの予定だった運ちゃんは煙台には帰れない。 だから結局、料金2倍払って、飯まで一緒に喰ってご馳走し、ホテル代まで払ってやる。 俺達3バカ中堅商社マンはホントに上客だ。 それでも何とかたどりついたので、アポの履行ができると安心した俺達は、翌日、威海市内に無数に林立する釣竿工場の訪問を開始した。 その初日。 まず最初の釣具工場訪問先は、その地区で一番規模の大きい工場だった。 社長は地場のやり手の商売人で、息子は日本に留学してたとかは名ばかりのパチスロばっかりやってたヤツで、一応日本語ができる。 威海のホテルからは30分程度のところだ。 その工場の迎えの車が来たか、タクシーを頼んだかで、すぐに目的地に着いた。 着いて、車を降りて、周りを見渡すと、前回来た時とは明らかに門構えが違う。 あくどく儲けてるのかなんだか、来るたびに玄関が豪華になっている。 そのうち、ラブホテルみたいな玄関になるんじゃないか、と俺は思った。 豪華になっても、それほど趣味が悪い。 入り口の駐車場には、玄関が豪華になる度にそれに比例したかのように増えている車が、 「どうだ!俺は威海じゃ金持ちだぞ!」 と、ばかりに並んでいる。 で、今回増えた車は、、、、、 ― キャデラック ― だった。 なぜ、キャデラックなんだ? と俺は思った。 キャデラックだ。 中国で、だ。 それも山東省の北のハズレで、だ。 威海で、だ。 悲しいことに、俺は生まれてはじめて実物のキャデラックを、、、、 威海で見せられた。 俺も超田舎モンだ。 さらに悲しいことに、帰りには、その工場の社長のオヤジに無理やりに、生まれてはじめて、 ― キャデラックに乗せられた。 ― 中国の田舎で、だ。 どうせなら、その後に嫌というほど見せられたアメリカで初体験をしたかった、と、その後アメリカでキャディラックを見る度に苦い思いに打ちひしがれたものだ。。。。 田舎の成り上がりが騙されて買ったのか、そのキャディラックは中古だった。 後ろのドアノブが、壊れかかっていたのは、はっきりと記憶している。 その最初の工場に着いて、キャディラックを見せられた後、オフィスという名の事務所に入り、商談を終え、で、昼食になった。 通常は近くのレストランという名の威海衛ホテルの中華食堂で昼食のはずだ。 ホテルのレストランという名なのに、出てくる皿や茶碗の多数は汚れが残ったままだ。 ちゃんと洗わない、使いまわしだからだ。 従業員の生活に茶渋まで取るという習慣がないので、仕事でもそうなる。 なぜ、そこまで洗わなくちゃいけない、残飯や油を洗い流せば多少汚れが残ってても、次に使うことに機能上問題ないじゃないか、だ。 だから余計な労力は使わない、だって自分が使う皿じゃないもん、だ。 威海に来るといつもそうだ、そのホテルレストランで昼食で、さらに白酒付きだ。 だが、その成り上がり工場の、その日の昼食は違っていた。 その3ヶ月前、この工場のメンバーは日本の取引先の工場を見学し、その管理手法に痛く感心していたことは、俺も記憶していた。 見学先の釣具工場はナチみたいな管理手法だ。 社長である総統や客が現場訪問したら、社員に即刻起立して挨拶させるような、そんな強権的管理手法を取る会社だ。 といっても、工員数が多いわけではないので、日本的な躾の美みたいな、それほどの嫌味は無い。 が、この山東の田舎の成り上がり工場のオヤジ以下メンバーには、そういった強権的な管理手法が非常にヤツラの的を得た様だった。 なんせ、ヤツラの共産党的手法に合致する。 で、昼食。 社長自ら、わざわざ工場の食堂で食えと言ってしつこく勧めるので、俺達3バカトリオはその工場の食堂で飯を食わされる羽目になった。 「やだな、やたら不味くて、食えるようなモン出ねーんじゃねーか?」 と、3人とも重い気持ちを押し殺しながら、 「いやー、工場の昼食食べるなんてはじめてですよ我々はぁ〜。」 とかなんとか、日本語に食いたくない気持ちをこめたベンチャラを言ってみるが、 そこはそれ、パチスロで覚えた日本語程度の理解力の息子には、ストレートな意味しか伝わらない。 結局、オヤジの社長の後に続いて、3バカトリオは工員用の食堂に連行される。 食堂入り口に近くなると、すべての工員がすでに喫食中なのか、中が騒がしい。 その入り口にはガードマンらしき守衛が軍服みたいな制服を着て所在無げに立っていたが、 社長が連行して来た俺達3バカ一行+パチスロ息子のグループを認識すると、いきなり、、、、 直立不動で敬礼した。 入り口にいた3人くらいが、いきなり敬礼だ。 それもどっか軍隊の守衛みたいな敬礼だ。 敬礼とかになれない日本人の俺達3バカは、ドギマギしながら返礼の敬礼とかを返す。 ここですでにジャブ一発だ。 「一発日本人脅かしてやろうか」というような、「どうだ中国はすげーだろう」攻撃の意図が見え見えだ。 で、入り口から一行が中に入ると、それまで昼食の途中だった若い女性を中心とした300人くらいの工員が一斉にこちらに、600個以上の目の玉を向けて、 ドワッとう音とともに、一斉に、、、、立ち上がった。 咀嚼中の食事を途中でやめて、だ。 慌ててパンを持ったまま立ち上がった娘とか、スプーンを持ったままの娘とかもいる。 で、俺達一行がすでに工場飯が準備してあった指定のテーブルに着くまで、 ずっと起立したまま待っている。 異様だ。 というか、それじゃやり過ぎじゃねーか。 飯くらい自由に食わせてやりゃーいいじゃねーか、と俺は思いながら席についた。 と同時に、300人くらいが一斉に着席して、何事も無かったように食事を再開した。 やっぱり、やり過ぎだ。 そんなことすると日本人が逆に引くのが分からないかなぁ〜。 そんな「中国スゲーだろう攻撃」じゃ、日本人には空振りパンチだって。 そのネエチャン達に、日本人のせいで飯中断させられたって、日本人が恨まれるだけだって。 結局は。。。。。 で、結局食わされた飯は、変な揚げパンと香菜入りのスープと煮魚一本の完全な人民昼食だった。 原価3元もしないくらだ。 いくらオヤジ社長の権威を見せたいからって、この飯は無いだろうと思いながら、、、、 「いやー、意外とうまいんですねぇ〜」 とか言ってる俺達はホントに3バカ商社マンだ。 まだ、つづく。。。。。(いつになったら下痢便にたどりつくのやら) |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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中華高速は今でも、よく途中下車をしてそこから歩いて帰ってる小姐やヒッチハイクをする命知らずアウトロー人民がいっぱいいますよ。 |
海外好き 2006/09/05 21:36 |
海外好きさん、、そうなんですよね、今でも超優良マナー人民というか無謀人民というかが多いですよね。 |
中堅商社マン 2006/09/05 22:19 |
自分の非を認めない上、他人の非にすり返る芸当はホントにプロ並みですね。人民軍団は。 |
中堅商社マン 2006/09/05 22:19 |
yellow cowのダフ屋さんに「チケット買わない?あっそ。買わなくても良いよ。友達になろうよ。電話番号おしえてよ。ただでチケットあげるから。つきあおうよ」なんてつい最近言われました。そんな黄色牛の彼はまだ中学卒業レベル。そんな言葉に騙される馬鹿だと思われたのも悔しいんですが。。。 |
海外好き 2006/09/06 00:29 |
初めまして、中堅商社マンさん! |
Mari 2006/09/06 04:48 |
海外好きさん、笑いました。中国じゃ50万円のベンツが買えるんですね。 |
中堅商社マン 2006/09/06 09:38 |
Mariさん、コメントありがとうございます。 |
中堅商社マン 2006/09/06 10:14 |
リンクしていただいたんですね、光栄です!では私もさっそくと。 |
Mari 2006/09/07 03:46 |
Mariさん、リンクありがとうございます。 |
中堅商社マン 2006/09/07 10:43 |
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