中堅商社マンの海外出張報告(へなちょこ編)

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zoom RSS マレーシア駐在 デング熱緊急入院報告

<<   作成日時 : 2007/01/29 16:04   >>

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これは俺の話。
俺がデング熱という熱帯特有の病気に罹った話だ。
俺は今、マレーシアのKLに駐在している。
ある日のこと。
仕事が早く終わって立ち寄ったゴルフの練習場で、その練習の最中、自分の体の異様なダルさに気が付いた。
変な感じだ。
なんとなく全身が筋肉痛で、関節が痛い。
脚・腰・背中の骨も微妙に痛い。
「変だな」と思って、早々に練習を切り上げて部屋に戻った。
体中がなぜか筋肉痛だ。ちょっと苦しい。
なので、体中にバンテリンを多量に塗った。
マレーシアは熱帯で暑いので、部屋の中では冷房をきつくかける。
体中筋肉痛で、その為にバンテリンを塗るくらいだから、俺はもちろん「全裸」だ。
冷房は強い。
で、その強い冷房の冷気にバンテリンが反応して、気化速度を上げてくる。
だから、バンテリンを塗っていれば・塗っているほど、、、、、、 寒い。
熱帯に居るのに、体感温度が超寒い。
あまりにも寒いので、たまらず俺は窓を開けた。
そして、バンテリン塗った素っ裸のまま、ベランダに出た。
マレーシアは夜でも外は暑い。一年中熱帯夜だ。
外の熱い空気で、やっとバンテリンの急速気化から来る寒気から逃れられた。
が、俺は全裸だ。
だから、外からみれば全裸でベランダに立っているアホな日本人だ。
外を通るマレー人には、俺の、バンテリンでの超寒い体感温度の事情はわからない。
外の熱気で暖を取ってる事情はわからない。
だから、外からみると、俺の情景は、、、、、 アホに近い。
そんなことを考えながら、アホな俺は、しばし外で暖を取って、すぐ寝た。
なんか調子が悪かったからだ。

翌日。
なんだか熱っぽくて、更に体がだるい。
その日は出張もなく、会社で仕事を片付けながら過ごした。
夕方になると、熱っぽさが増して来た。だるい。
体の状態も、筋肉が凝っているのか、関節が痛いのか、わからない感じだ。。
ということで、6時頃には会社を早々に引き上げて、真っ直ぐマッサージを目指した。
筋肉痛やだるさにはマッサージに限るからだ。
なので、直接かつ即座にマッサージ屋に向かった。

マッサージはいつも通っている中国系のマッサージだ。
中国からの出稼ぎのオバちゃん3人がマッサージ師をやっている指圧系マッサージだ。。
俺は、少々熱でふらつきながら、ボディマッサージに入った。
俺がいつも受けているのは、「治療マッサージ」という名前の少々高いやつだ。
どう治療されているのか良くわからないが、効くので俺はいつもそれにしている。
治療マッサージ以外に、普通のマッサージもある。
料金が違うだけで、することは治療マッサージとさほど変わらないような気もするが。。。

いずれにせよ、だるかった俺は、たっぷり1時間半、マッサージで熟睡した。
終わり際に目が覚めた。
で、そのマッサージのオバちゃんが、終わり際に俺に変なことを言ってきた。
「体に発疹がいっぱい出てるけど、何か病気か?大丈夫なのか?」と。
変だなと思った俺は、前日のバンテリンの塗りすぎによるかぶれかと思い、そう説明した。
たぶん薬負けで発生した大したことのない発疹かと思ったからだ。
その後、部屋に戻り寝た。

朝方4時ごろ。
体の異常なダルさで目が覚めた。高熱が出ているのが自分でも判る。
何とか起き上がった俺は、水を多量に飲んで、そのままトイレに向かった。
用を足し、そして、ふと洗面所の鏡を見た。
前の日に、マッサージオバちゃんが俺に言っていたことが気になったからだ。
で、自分の体を鏡に写して、観察して、、、、、― 仰天した。 ―
体中の至る所に、多量に、赤い発疹が発生していた。
ハシカのような現象だ。
顔と手の部分以外の場所のすべてに真っ赤な発疹が多量に発生している。異様だ。
高熱で意識朦朧としながら、俺は思った。
この熱とこの発疹は「帯状発疹」か、と。
そのまま朝になった。
高熱であまりにつらいので会社を休もうかと思ったが、異様な発疹が出ているので、いつもの風邪のように単に部屋で寝ているだけでは危険だと思った俺は、何とか着替えて会社まで車を飛ばした。
病院を紹介してもらうためだ。
もう意識朦朧なので、自分でどう運転したか、記憶が定かでは無い。
何とか会社にたどり着いた俺は、会社の上司に状況を話し、すぐに会社のドライバーの運転する車で病院に向かった。
バングサという町にある日本人駐在員ご用達の病院だ。
この時点で、すでに俺は高熱とダルさと関節痛で意識朦朧が加速している。
加速しているのに、そういう時に限って日本語できる医者が不在だ。
で、俺の担当になった医者は、結局、なぜか白人の医者だった。
で、その医者の英語が、思いっきり、、、、、― オーストラリア訛りだ ―。
サンダイとかトゥダイとか言っている。
何とか英語で症状を説明している俺の脳に、この訛り丸出し白人の、ある質問の音だけが俺の耳の中をグルグル回っている。
ヤツの質問は、、、、「トゥーダイ? トゥーダイ?」としつこく聞くことだ。
意識が朦朧としている俺には、こう聞こえる、「死ぬんじゃない?死ぬのかな?」だ。
そうだ。
オーストラリア訛りなので、「Today」が「トゥーダイ」に聞こえる。
高熱で頭が回転しない人間にそんなきつい訛りで言われたら、日本人なら誰だって誤解するじゃねーか。
死ぬかと思ってビビるじゃねーか。
頼むから医者は英語を話してもいいから、訛らないでくれよ。ほんとに。

そのオーストラリア人と思われる医者。
俺の説明する症状を聞いてこう診断した。「たぶん、デンギ熱だ」と。
「高熱が出て、だるくて、体中に発疹が出るのは、99%デンギ熱だ、そういった患者を何人も診てきた。」と。
「デンギ熱?」と、俺は思った。
名前だけは知っている。蚊が媒介する南国特有の病気だ。
日本人は「デング熱」というが、マレーシアでは皆が「デンギ熱」という。
でも、症状も内容も知らない。伝染病かどうかもだ。
で、そのオーストラリア人の指示に従って、血液検査をし、そのまま2本近くの点滴を打たれて、その病院で静養した。
その点滴は、看護婦さんがやってくれる。みな中華系のオバちゃんだ。
注射針の刺し方も点滴もメチャクチャ上手い。
日本の看護婦さんなど足元にも及ばない感じだ。
で、その数人の看護婦オバちゃん達は、俺の回りに集まって、俺の体中の発疹を皆よってたかって観察し、そしてこう言って行く。
「あははは、デンギね。これはデンギだわ。日本人がかかるなんて珍しいわ。
これは入院するしかないわね。毎週2−3人は死んでるのよ、デンギで。あはははは」、と。
ほとんどの中華系看護婦オバちゃんの反応は、みな同じ反応だった。まったく。

血液検査の結果は陰性だった。
ただし医者は反応が出ないだけで99%デング熱だという。
そう言うのに、医者は帰っていいと、明日また来て血液検査と点滴をしろという。
あまりにつらい俺は入院でも何でもしてもらいたい。
部屋に帰って、一人で飯から何から、すべての手配をするのは、この状況では厳しい。
が、医者の指示に従って、会社に報告に帰り、そのまま自宅に帰った。
いつも行く中華系のスープ飯屋で、滋養と抵抗力増進をうたったフカヒレとナマコの入った特製スープと土鍋で煮たチキンを食い、なんとか部屋にたどりついて、そして寝た。
高熱と関節痛と渇きと発汗で、1時間ごとに目が覚める。
体中には赤い発疹がどんどん増えている。
その苦しい午後と夜を乗り越えて、なんとか死なずに済んで、そして翌日。
タクシーをチャーターして、朝早くから同じ病院に行った。
で、同じオーストラリア人医者の診断。
相変わらず「99%の確率でデンギ熱」だというが、血液検査では陰性だ。
なので、前日と同じく2時間に亘り2本の点滴をされたあげくに、今日も家に帰って翌日も病院に来いという。
もう俺としては、デング熱ならデング熱でいいから入院させて欲しいが、入院の用意をする気力もすでに失せている。
で、結局前日と同じく、中華系オバちゃん看護婦軍団に、よってたかって「デンギよ、デンギよ。」と騒がれ、2本も点滴し、点滴終了後に、待たせていたタクシーに乗って部屋に帰った。
そして高熱で死にそうな体を引きずって、近くの日本飯屋に入る。
入るが、食欲が皆無な俺には茶碗蒸を半分とソバしか食えない。
ほとんど食えない日本飯に、マレーでの普通の昼飯代の3倍近くを払い、そして部屋に戻って寝る。
この頃には俺がデンギ熱だという噂が、ローカル社員や現地の取引先の社員間に広がっている。
すでに噂で広がっているが、俺は自分の病気のことを、会社の上司以外には誰にも詳細を説明していない。
なので、そこはそれ、マレーシアだ。
ほとんどの人間が、噂が真実なのかどうかを確認したくてムズムズするらしい。
なので、色々な奴からひっきりなしに電話がかかって来る。
俺は高熱で死にそうになってるのに、だ。
こういう電話だ。
「○○サン(俺のこと)、 ユー デンギ シュア カ? OKカ?」
「モスキート カム カ?」
「モスキート バイト カ?」
「ホスピタル ステイ キャン カ? 」
「メディシン ハブ カ?」、とかだ。
もう、ほんとにマレースタイルだ。
質問がいたってダイレクトだ。
質問自体が、もうほんとに、聞いてるだけ!、だ。
イエスとか、ノーとか、しか答えられないような、そんな質問の嵐だ。
それを聞いてどうするんだ、オマエは?と逆に聞きたくなるような質問ばかりだ。
心配してるだとか、不都合を手伝おうかとか、そういう問い合わせは全くない。
もうそれ以上ないくらいのダイレクトな質問の電話がひっきりなしかかってくる。
それも普段話さないような、単なる顔見知りだけの奴からまでだ。
「モスキート カム カ?」って、当たり前だろ!デング熱なんだから。
それを聞いてどうするんだ。
カムじゃなかったら、ゴーか?
「モスキート ゴーしたら、モスキート ノーバイトで、デンギ ノット シュアー 
アンド ホスピタル ノーニード ステイで、OKだ!」なのか?
なんだか、全然よくわからない。
高熱で朦朧とした意識の中でも、「いいから仕事しろ」と、ツッコミを入れたくなる。
っていうか、ついに「頼むから寝せてくれ」と思うに至り、仕事熱心な俺は、携帯電話の電源を切って深い眠りに落ちた。

翌日未明。
またもや寝苦しさと高熱とダルさで目が覚めた。
もう3日も続いたツラさだ、ある程度なれていた。
なれていたので、起きてすぐトイレに行って、なぜか俺は、そのまま歯を磨いた。
気持ち悪かったのかも知れない。
歯磨きを終えて、口を漱いで、漱いだ水を吐き出した。
で、、、、、― 驚愕した ―。
なぜなら、吐き出したその水が、、、、― 真っ赤 ― だった。
そうだ血だらけだ。
驚いて口を開けて、口の中をみると、歯茎全体から多量の出血をしていた。
その多量の出血で、前歯が真っ赤に染まっている。
マジで、ドラキュラ状態だ。
そんな、いかにも「ドラキュラで〜す」って感じは、最近はテレビでもめったにみない。
その血だらけの口のままの偽ドラキュラの俺は、そのまま朝が来るのを待って早々に病院に向かった。
デンギ熱からデンギ出血熱に、症状が進行していた。

発生から3日目だ。
そのままタクシーを呼びつけて病院に行った。
高熱でうなされながらも、もうやばいと思った俺は、オーストラリア訛りでどう説明されようと、今日こそは無理やりにでも入院させてもらおうと思っていた。
そのくらいのつらさだ。
すでに自分で自分を看病する限界に来ている。
っていうか、このまま行くと、マレーシアの部屋で、たぶん3日後とかに死体で発見されるんじゃないかという懸念が、俺のうなされた頭をよぎる。
で、関節の痛みと、高熱と、リンゴも齧ってないのに多量に出る歯茎の血で、幽鬼のようになった(と自分で思える)俺は、その訛りから俺が勝手にオーストラリア系と決めつけている医者と入院決定の決着をつけるため、3日も通って3時間点滴を2日も続けたその病院の玄関に降り立った。
「入院させないなら、さー殺せ、トゥーダーイ!」とまで追い込まれた俺が、その医者の診察を要求すると、、、、、
その医者は、土曜日で休んでいた。
そういえば、前日の診察時に、その医者から、きつい訛りで、、、、、、
「明日、僕居ないから、他の先生に見てもらってね。」とか言われていたような気がする。
でも、俺はそれどころじゃなかったので、、、、、、
で、代わりに診てくれたマレー人のオバちゃん女医さん。
診るなり、こう言った。
「うわー、これは間違いなくデンギね、えっ歯茎から血が出たの。ひどいわね。デンギよ。至急入院しましょ。血液検査を待つ必要は無いわ。」だった。
俺は思った、最初からこのオバちゃんにしとけばよかったと。
ただし、その外人用病院には入院施設は無い。
緊急に入院できる病院があるのか、受け入れてくれるのか心配になったので、その旨確認すると。
「マレーシアは紹介状を持った緊急の患者は拒否しないのよ。日本とは違うの。で、あなたはどの病院が希望なの?希望の病院宛に紹介状を書いてあげるわ。それでそのまま入院できるのよ。断られることはないの。」
高熱と、極度のダルさと、関節痛と、リンゴなんてここ3年くらい全く齧ってもいないのに歯茎から出血する俺は、その言葉を聞いて涙がでそうになる。
「マレーシアって、なんていい国なんだ。デング熱患者には、、、、」と。
ちなみにその前日。
俺は日本の地元の知っている数件の病院と保健所に電話をして、デング熱でも受入可能かどうか問い合わせていた。緊急帰国したときの為だ。
で、すべての日本の病院の答えはこうだった。
― 「そんなもん、来られたら困る。」 ―
地元の保健所なんかの回答は更にひどかった。
「成田の検疫で申告して、そこから病院を紹介してもらってくれ。成田近辺の医者に行ってくれ。そんな病気で、こっちに来られたら困る。」だった。
俺は思った。マレーシアに比べて、日本はなんてひどい国なんだろう、と。
さらに、自分らの地元が安全なら、成田はどうなってもいいのだろうか?とも。
ちなみに俺の病気は伝染病じゃないって。単なる蚊にさされた出血熱だって。

ということで、その場で紹介状をもらい、その医者を出、部屋に帰って緊急入院の用意をし、そして俺が住んでいるところの近所にある新設で一応高級な病院の緊急外来に、なんとかたどりついた。
「高熱とダルさと、、、、」の状態で、入院治療ができる状態にたどり着くまで3日以上かかった。
入院前提でこの病院にたどり着いた頃には、もうすでに俺自体は、ほとんどの気力をなくした状態になっていた。

紹介された病院に着いた。
新設の総合病院で、あとで気がついたのだが、1階のロビーにはスタバも入っているような洒落たアメリカンスタイルな病院だ。
が、朦朧としている俺にはそんなロビーの状況を確認する余裕も無かった。
やっとのことで揃えた着替えと日用品のバックを持って、よろよろした状態で、教えられた通りにその病院の緊急受付へ進んだ。
緊急受付で紹介状を渡し、医療費の支払い方法を確認すると、そのまま受付の脇に設置されている簡易ベットに寝るように促される。
ドンドン物事が進んで、全然分けがわからない。
看護婦はマレー系だ。当然黒い。
その黒い看護婦が、白衣を着ているのが眼に入る。
朦朧とした俺は、「黒か白かどっちやねん」と、朦朧とした自分の無意識に突っ込む。
突っ込むことは突っ込むが、無意識なので、声に出ない。
熱でほとんどアホになっているのがわかる。
わかるが、体が異常にだるいので、わかってもどうもできない。
そんなこんなを逡巡しているうちに、自前のトレーナーを着たまま、そしてジーンズを履いたまま、着替えも無く、腕をまくられ、手の甲を消毒され、そしていつの間にか、、、、、
点滴用のチューブが手の甲の血管に注射されセッティングされている。
すごいハヤワザだ。
っていうか、私服脱がすとか、ジーンズ脱がすとか、パジャマに着替えるとかを先にさせてくれと思うが、させてくれない。
もう、有無を言わさず点滴だ。
簡易ベットで医者の判断無しに、いきなり点滴だ。
前の医者で実施した血液検査でデング熱陽性が出ているのを紹介状で確認した途端、どこの日本人だろうが、何人だろうと知ったこっちゃない!まずは点滴ブッこんどけ!
そんな状態の黒看護婦さんだった。
ちなみに、マレー人なので黒というより茶色だ。チョコ色だ。
で、マレー人の女性なので、髪の毛の量がたぶん多い。普通だ。
で、イスラム教徒なので、髪の毛にベールの「ほっかむり」をしている。当然だ。
で、看護婦さんなので、看護帽もかぶっている。それも看護婦なので当然だ。
なので、ややこしいが、結局のところ、、、、、、
量の多い髪の毛を束ねてまとめてアップにして、その上から黒いベールの「ほっかむり」をして、さらにその上に、、、、、看護帽をかぶっている。
かぶるものが多くて、超大変そうだ。
っていうか、頭が3倍近く巨大化して見える。
俺が横たわるベットは、簡易ベットなので高さはそれほど無い。
それほど無い高さから見上げると、黒看護婦の頭は3倍くらいの巨大な頭に見える。
朦朧な俺でも、やはり通常の3倍は、ちょっと怖い。

そんなこんなを高熱でとりとめなく考えているうちに医者と思われる女医がいきなり目の前に現れる。
紹介された名前と見た目から判断すると、中東系、特にパキスタンかトルコ系の女医だ。
でも女医はベールのほっかむりをしていない。頭は普通の髪型だ。
良くわからない俺は、その女医のなすがままになった。
といっても、エッチな意味の「女医のなすがまま」になったわけではない。当たり前だ。相手は普通の女医だ。変なお店の白衣を着たニセモノ女医ではない。
いづれにせよ、なすがままに診察された。
体の発疹を診察され、歯茎の血を見られ、症状を説明し、熱を測り、、、、、、で、結局。
その女医の診察が終わり、無意味なスマイルを振りまくマレー系の兄ちゃんと看護婦見習いが突然現れ、俺を簡易ベットに乗せたまま、持参した荷物と一緒に、病室へ運んでくれた。
その簡易ベッドは、最新式の電動で、高さや背もたれが自動に上下のできる高性能ベッドだったことは、その時は知らなかった。

俺の乗ったベッドはそのまま頭の方向を前にして運ばれる。
そのままエレベーターに乗る。
なので、どこに運ばれるかよくわからない。
朦朧とした俺の視界には、ヘラヘラ無意味な愛想スマイルを常時浮かべている手伝いと思われるマレー兄ちゃんの顔しか見えない。
で、その兄ちゃんは日本人か?とか、デングはすぐ治る!だとか、どうでもいいような会話を俺に振り掛ける。
ここでいつもの無愛想な回答をして、嫌われたりもめ事起こしたりしたら、どんな嫌がらせをされるかわからんと、希薄な意識の中でも危険な警鐘を感じた俺は、そこはそれデング熱で朦朧としても、生まれながらの中堅商社マンだ。
朦朧として、歯茎からリンゴの血が出て、希薄な意識でのつらい身体状況でも、その無意味な上辺だけの会話にもなんとか答えて愛想笑いだ。
まったく、こういった日本という国家や経済のバックボーンが何もなしの状況下で、日本人が海外で生き抜くことは、本当は商売するより大変なことだと、そう無意識に痛感する。
痛感はするが、そこはそれ、高熱朦朧な一人突っ込み一人反省なので、死に体の中堅商社マンには一時の気の迷いな痛感で終わってしまう。

その愛想スマイル兄ちゃんと看護婦に運ばれてついた先は、個室の病室だった。
まだ午後も1−2時なので、日の光が窓いっぱいにあふれる明るい病室だ。
そうだ、俺はどうせ海外傷害保険で入院費が出るだろうと思って、朦朧とした意識下でも個室の部屋を要求したのだった。
なぜなら、俺が想像していたマレーシアの病院の入院は、中国の旅社のごとく、5人一列ベッドで、足下に洗面器だけ置いてあって、床や天井は不潔で、トイレは共同で汚いような病室を想像していたからだ。
俺の意識では、20年近く昔に知人が入院しその介護ヘルプをした上海の第一病院の入院病室を勝手に想像していた。
それが、だ。
壁から天井まで清潔で明るく塗装してあり、窓も大きく、テレビはベッドから見えるように天井に設置してあり、クローゼットも大きく、清潔な専用トイレと簡単なユニットシャワー(マレーシアにはよくあるトイレについた簡易シャワー)まで設置された高級個室だ。
日本の病院でもこんな個室はないんじゃないかとまで思うような部屋だ。
ちなみに俺は今回のデング熱に罹るまで病院に入院した経験がない。
無いので、見舞や付き添いでの経験で判断しかできないが、それでもこの個室は清潔できれいな個室だった。
さらに毎日掃除のオバちゃんが入れ替わり立ち代わりに部屋とトイレを掃除してくれた。
一日3回近くだった。

やっと病室に落ち着いた。なんとか介護を受けられるようになった。
そしてそれから退院まで、24時間ノンストップで、点滴を受けることになった。
手の甲に刺した点滴針は、そのままで、退院まで抜いてもらえなかった。
さらに、クラー効き過ぎを心配して部屋を出るとき3枚重ねで着た自前のトレーナーは、点滴針がづっと刺さっているおかげで、着替えられなかった。
その状態で3日も経つとどうなるかというと、、、、、、
点滴のし過ぎで手の甲と指が2倍くらいにむくみ、手首は赤ん坊のようにむくむ。
そして、着替えができないので、首の周りから、、、、酸っぱい臭いが立ちこめる。
そうだ、汗かいても着たきりだからだ。
そして、決して甘酸っぱくはない、その自分の酸っぱ臭さに、異常に耐えられなくなる。
毎日3度も掃除オバちゃんに掃除されるきれいな病室に、3日も着たきりで、酸っぱ臭くて、かつサンダルの持参を忘れた致命傷からトイレに行くのに裸足に革靴でいくしか無いようなオッサンが、歯茎から血を流して唸っている。
ほんとに致命傷な光景だ。
後から考え直すとその汚さに死にたくなるが、そこはそれ、意識朦朧状態の中堅商社マンには、その時点で客観的に自分を見直す力はない。
ウンコするのに革靴裸足でしなきゃならない不快さと、点滴掛けたキャスターのついた鉄棒をトイレまで持っていかなきゃならない不便さに耐えることだけしか考えられない。
その24時間点滴の薬が掛けられている鉄のバーというかキャリアーには機械が設置されていて、薬の停止や逆流や異常が起こるとブザーがなるように設定されている。
だから機械の稼働の為なのか、その機械には電源コードがつながっている。
それはそれで安心だった。
なぜなら俺は、点滴の終わりに薬がなくなって空気が入るのではないかといつも心配になるからだ。
異常が発生してブザーがなったら、枕元の看護婦コールボタンを押して看護婦さんを呼べばいいからだ。
が、その機械が敏感な為、電源コードが外れたり、寝る意外の行動を起こそうとして少しでも異常を感知すると、途端にブザーが鳴る。
半日睡眠を取って、少し回復した俺は、まず履いたままのジーンズを脱ごうとして、いきなりブザー攻撃に会い、そして即、黒看護婦が飛んできた。
「大丈夫か?」とドアを開けられた時には、下半身だけパンツ一丁な点滴オヤジだ。
次は、小のトイレに行こうとして、裸足革靴でトイレまで進んだ。
コードの長さは、トイレまでの距離に対してギリギリの長さだ。
ギリギリの長さで用が足せるが、ちょっとでも前方に動くと、コードが抜けてなのか、ブザーが鳴る。
で、案の定ブザーがなり、中華系の看護婦が飛んできてドアを開けられた時には、パンツ半下げ点滴オヤジだ。
そこで教えてもらった。
その機械は充電式なので、コードを抜いても機械は充電池で稼働している。
だから、電源コードを自分で抜けば、部屋の中は動き回れることを。
点滴の異常を感じ無ければブザーが鳴らないことを。
まったく最初に言ってくれってもんだ。
これじゃ単なる、パンツ一丁やパンツ反下げの大ボケ日本人患者じゃねえーか。
さすがに病院なのでそんな不便もあるが、清潔な病室で食事も3食支給されるのは、デング熱患者には快適だ。
自分の部屋で、自分で自分を看病し、毎食の食事の対処するつらさに比べると、それがどんな料理であれ、一番に有り難いことだった。
で、その食事。
さすがに日本料理はないが、中華からマレー料理まで数種類から自分で選択でき、そして味も旨い料理だった。
日本の病院食とは全く違う。
普段食ってる飯よりも旨いんじゃねーかと思えるほどだ。
さらに午後3時になると「ティータイム」と称して、ケーキ系のデザートと、なぜか飲み物に「ミロ」が出る。
あの「ミロ」だ。マレーやシンガポールでは「ミロ」は人気飲料だ。
ホットでも飲む。ちなみに「マイロ」と発音する。
そのぐらい食事サービスが良かったので、マレーシアは何て病人に親切な国かと思った。
そして入院したその日から24時間態勢でついていた看護婦さんは中華系の若い女性が多く、皆優しかったことに、着たきり酸っぱ臭いオヤジは感激した。

入院当日に24時間連続して点滴を打ち、汗だくで睡眠を取り、食事をある程度取れるようになって、その夜には少し回復してきていた。
相変わらず体はだるく、フラフラするが、意識はなんとか通常に戻っている。
寝過ぎからか、午前3時に起きてからは朝方まで眠れなくなり、映画を3本も観た。
もちろんテレビに日本語放送は無い。NHKの衛星放送は入らない病院だ。
で、HBOだったか、スターテレビだかの映画を(それもホラー映画込み)を朝の4時に観てるデング熱オヤジは、人生について考えたもんだった。
(何を考えたかは、もう忘れた。たぶん、大したこと無い内容だと確信できる)

で、朝が来た。
7時近くになり朝食が運ばれ、それを平らげ、コーヒーを飲んで一息していると、昨夜から泊まり込みかで看病してくれた看護婦さんのリーダーが部屋に入ってきた。
症状の確認なのか、熱を計り、血圧を計り、症状に関して質問をしてくる。
その後、「トゥインクルはどうだ?」と聞いてくる。
俺は「はっ?なんのことだ」と思った。
さらに思った。「なんでトゥインクル トゥインクル リトル スターなんだ?」と。
たしかにトゥインクルと言っている。歌えってことかと思った。
デング熱の酸っぱオヤジに、病室で、英語でキラキラ星を歌わせるのかマレーシアでは?
そう思って聞いた。「なんだ、それは?」と。
で、お姐さん看護婦さん、トイレには行ったのかと聞き直してきた。
後で辞書を引くまでそんな単語は知りもしなかったが、それは小便のことだった。
で、その単語を知りもしない俺は、トイレに行ったかの質問で勘違いをした。
この看護婦姐さんはそれが聞きたかったのか、と。で、俺は胸を張って答えた。
「シットか?それなら朝方行った」と。
お姐さんはうろたえて、こう答えた。
「それはMovementね。Smallの方は?」と。
俺は又胸を張って答えた。
「MOVEMENT?なんじゃそりゃ。ウンコはSITかPOOP。おしっこはPEEかPIS。俺はそれしか習ってないの。因にPEEは夕べから数えて5回くらい出た」と。
で、思った。ウンコは腸内を動くからMovementなのか?と。
入院は英単語のいい勉強にもなることを痛感した。(しなくてもいいが......)

日曜日だ。
デング熱が発症してなんとか病院で落ち着き、まともな療養の状態になるまで水曜日から日曜日までかかった。
会社の日本人駐在員は、全員ゴルフ大会で、遠出中だ。
なので、誰も見舞いにも看病にも来てくれない。
中堅商社マンのデング熱患者の扱いなんて、そんなもんだ。
こういう状態になって初めて、つくづく自分の人徳の無さを感じたりする。
そこはそれ、軽薄短小な性格じゃないとやってられない中堅商社マンなので、そういう人徳不足の痛感も、点滴終了のブザーとともにすぐに霧散していく。
で、朝食が終わって30分くらいすると、突然黒い看護婦のお姐さんが病室に入って来た。
昨日の黒看護婦よりも更に黒い看護婦だ。
看護婦のユニフォームが正式な看護婦のものとは違っている。
なんか映画に出てくるヨーロッパ調の昔の従軍看護服みたいな感じに、白エプロンをしている。
看護服とメイド服を折衷した感じの服だ。ちょっとかわいかったりする。
そのかわいい感じの看護服を来ている本人は、黒い。
マレー系のお姐さんより、更に黒い。
黒人に近い黒さだ。
で、顔は、申し訳ないが、表現すると、、、、、ピテカン系だ。
ゴリ、、、、、うーん、ゴリ○、、、うーん、○リラ系の顔だ。
なので、高熱朦朧としていた俺には、コスプレした○リラが突然病室に侵入してきたとしか思えない状況だ。
更にそのゴ○ラのコスプレ看護婦さんも、帽子で頭が巨大になっている。
巨大頭部コスプレゴ○ラ看護婦だ。申し訳ないが、病気の俺にはそう見える。
その看護婦さんが、ノックもせずいきなり俺の病室に侵入してくる。
その容姿だ、俺は何されるかと思い、怖い。
向こうは全く表情を変えずに、ドシドシと入ってくる。
で、テレビを観ていた俺の正面、寝ている俺とテレビの間に仁王立ちで立ち止まる。
ようするにベッドの足側の部分に仁王立ちした形だ。
俺は、その容姿なので、何されるかと思い、怖い。
で、仁王立ちしたそのゴリ○看護婦さんは、仁王立ちした状態のまま、
いきなり、、、、 ― フリーズ ― した。
そうだ、仁王立ちのまま全く動かなくなった。
俺は怖いからその看護婦を凝視している。
何されるかと思い凝視している。
その看護婦は仁王立ちのまま俺を凝視している。まったく表情が動かない。
朝の8時から、オッサンデング患者と巨大頭部ゴ○ラ看護婦とのにらみ合いだ。
有に30秒は両者微動だにしない。
向こうは表情さえも全く変えない。
で、状況に慣れた俺はその看護婦の胸のバッチを見た。
そのゴ○ラ看護婦の胸のバッジには、堂々とこう書いてあった。
 ― TRAINEE ― と。
そうだ、アフリカかインドネシアからの看護実習生だった。
たぶんこの病院で看護の実習をしている学生さんだ。ゴ○ラではなかった。
ゴリラは看護婦の実習生にもなれないし、コスプレもしない。当たり前だ。
頭がよく回らない俺はそれに気がついた。
医者か先輩看護婦に、デング熱患者の症状をよく見て来いと言われたような雰囲気だ。
なので、凝視されているようだとわかったが、あまりに凝視が長いし、テレビを見るのに邪魔なので、その実習生に声をかけた。何の用だ、と。
その俺の声で、ハッとしたゴ○ラ実習生は、何を血迷ったか、一声も発さずに、
いきなり腕を前に差し出した。
そしてそのまま、再度、、、、 ― フリーズ ― した。
表情には少々恐れと躊躇が出ている。出ているが、やはり、、、微動だにしない。
いきなり出された腕に俺はビクッとして、その腕につかまれている薬のケースを見た。
そして理解した、「薬飲め」ということね、と。食後だったし。
俺がその手から薬を取ると、実習生は安堵したのか、いきなり踵を返し、病室からを脱兎のごとく出て行った。
向こうも怖かったようだ。どうも英語ができないみたいだった。
だからって、やっと回復基調になりかけたデング患者の病室に、何も説明なしに、いきなりゴ○ラ看護婦送ってくるんじゃねー!。
それも朝の8時から。誰だってびっくりするって、そりゃ。
それと、いくらなんでも、無言はやめろよ、無言は。
怖いし、失礼だって。
ハローとかモーニングくらい教えろよ、いくらゴリラでも。

とか何とか、罹患してもつまらないギャグをこなしているうちに、その日を過ごした。
翌日、熱が下がって、食欲も普通に戻った。
懸念した血圧も正常に近くなった。
すでに点滴は48時間以上を経過している。
点滴している場所は左手の手の甲のままだ。
なので、左手がグローブの様にむくんでいる。指の関節は右手の倍になっている。
あまりに長い点滴と着たきりに、もう耐えられなくなっている。
医者の診断が無くても、点滴を一時外してもらい、一度帰ってシャワーを浴びようと勝手に決めた。
あと、裸足革靴から解放される為に、スリッパ持ってこようと。
そういう衝動だけが精神を支配する。
で、結局、診察の結果、午後に退院してもいいということだった。
自宅で静養しろということだ。
なんとか解放され、体調も少々よくなったと感じ、高い入院費の支払いをすませ、薬をもらって、タクシーを呼び、自分の部屋にやっと帰り、そして念願のシャワーを浴びた。
本当に解放された気分だった。
もう大丈夫だ、少々熱っぽくてだるいが、明日は会社に行けるだろう、仕事ができるだろうと思った。
そう思った俺は、その晩、それまで経験したことのない重度の「骨痛」に襲われた。。。。。。

シャワーを浴びて、なんとかすっきりした気分になった俺は、まだまだだるい体をなんとかベッドに横たえて、眠った。
翌日には会社に行こうと考えていた俺なので、体力を少しでもセーブするためだ。
で、うとうとしてから数時間後、時刻は夜の7時頃だ。なぜか体が軋む感じがする。
なんか、腕とか脚とかが、軋んでいて、痛みを感じる。
体は動かしてないのに、筋肉痛で手足を動かして感じる痛さににた感じがする。
それの痛みが数倍拡大したような痛みだ。
それまでも筋肉痛に似た感じの関節の痛みは続いていたので、それが増しただけかと思った。
それに退院時に、医者から体が筋肉痛に似た感じになるはずだと説明されていて、その為にバンテリンみたいな体に塗布する鎮痛剤ももらっていた。
が、その痛みが増した感じを感じてから1時間後。
体は全く動かしていない。
いないのに、両腕の骨に激痛が走る。めちゃくちゃ痛い。
まるででっかいペンチで、腕の骨ごとつぶされている感じだ。
もうほんとにメチャクチャ痛い。
腕の骨を尖った錐で刺されて、そのままグリグリされる感覚で、痛い。
もう痛いったらない。
俺は今、本当は誰かに拷問でも受けてて、それでこんな痛みを感じてるんじゃねーか?とか誤解する痛みだ。
もう、ようするに激痛で、痛い。説明するとすると、「すげぇー、痛い」以外にない。
もう洗いざらい、なんでも吐きますから、勘弁してくださーい、とか独白までしたりする。
で、腕の激痛に耐えること1時間、こんどは脚の太ももの骨に同じ感覚が始まる。
ようするに骨が砕かれる感じの激痛が、腕の他に太ももの骨と脛の骨に感じる。
あまりに痛いので、骨自体を長さまで感知できる感じだ。
脚の激痛で、腕の激痛を忘れるほど、痛い。
「もう、ほんとに痛いです、ほんとです」くらい痛い。
医者にもらった塗り薬を塗っても、全然効かない。そりゃ効かない。塗り薬は皮膚に塗る。筋肉に浸透する。
でも、激痛は骨自体、もしくは骨の内部から来る。全然届かない。
そして最後に、背骨に激痛を感じる。
最初は全体的に、次第に背骨の関節の一本一本がはっきりわかるように激痛を感じる。
あまりに痛くて、涙まで出る。体は全く動かせないが、動かさなくても激痛は止まらない。
そのまま1晩。その激痛に耐えてほとんど寝れなかった俺は、翌朝会社の上司に電話を掛けた。
「退院しましたけど、骨の激痛で全然回復できません。あと2−3日は休ませてください。」と、だ。
全回復できるまで、結局発症から10日以上が経っていた。
後で聞いたが、デング熱の別名は英語と北京語で、こう言うそうだ。
「The Break Bone fever」そして「骨熱病」と。
そりゃそのくらい、もうほんとに痛いなんてもんじゃ無いくらい痛いような激痛だった。
中堅商社マンは、「デング熱」にも勝てない。
っていうか、誰も勝てないって、あんな病気。一度試してみてください。

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コメント(8件)

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ゆっくり静養されてください。。。(と言いつつも次のブログのアップデート楽しみにしてますね!マレーシアの病院???どんなんなの〜〜〜〜〜〜???)
海外好き
2007/02/01 02:04
海外好きさん。コメント返信が遅れました、すいません。
やっとデング熱から回復しました。全快まで2週間かかりました。
とんでもない病気です。たった1匹の蚊に刺されただけで死にかけるとは。
で、マレーシアの病院ですが、基本的には清潔でキレイです。
日本より逆にサービスはいいかもしれません。
変なところもありますが。。。。
変なところは本文で報告しますので、お楽しみに(って、それほど面白くないかもしれないですが)
中堅商社マン
2007/02/13 09:42
いや〜大変でしたね。南国では珍しくない疾患とは言え、まさか、自分が罹患するなんて、ですよね。しかし不謹慎ながら、軽妙な文章に爆笑でした。続きを楽しみにしています。
duff
2007/02/19 19:49
duffさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。
その通りなんです。まさか自分が罹るとは、でした。
まわりの日本人駐在員でもほとんど初めてみたいな状態でした。
取引先で罹った人は、2週間入院で血小板減少の為、輸血寸前まで行ったとのことです。
本当に南国で蚊には気をつけた方がいいですね。北国で蟹はいい肴ですが。
続きは本文に足し説きましたが、やっと入院までです。
入院からがまたマレーシアらしくて面白いですので、お待ち願います。
中堅商社マン
2007/02/21 00:39
大変な事になたあるですね。海外、病気一番怖い。abroadでsick とてもとてもscary!アジア圏、白人、とてもとても過大評価されて、地元では牛しか見てないのに、アジアについたら高給取り、若くて、美人奥さんあたりまえ。とてもとてもscary!

そんな中、商社マンとしてやっていらっしゃるんで凄いです!2008年のどこかの国の運動大会の為に金属盗まれたりしている国を代表してがんばって下さい!
海外好き
2007/02/24 13:58
海外好きさん、コメント謝々ね。ホト大変あるよ、海外病気するね。
チュゴクで病気するは、チュゴク人も大変ね。死なない病気で死ぬもあるよ。ホントよ。
ワタシ見たよ、でも、いつ見たか忘れたね。あれはタブン3年前の旧正月左右だったあるか。
今北京は、マンホールいっぱいよ。チュゴク人みんなで日本のマンホールでフリスビーとかいう美国の競技練習中よ。投げるの重いあるよ。
次にチュゴクではやる競技は北海道で電線だた銅線で綱引きよ。
それか茨城で半鐘だたカネで、御飯炊くあるよ。
昔チュゴク人、日本刀輸入して包丁にしてたくらいよ。

っていう人民相手に、がんばってみます。今後も。
大陸のどっかで見かけたら、暖かい声援でもお願いします。



中堅商社マン
2007/02/25 22:18
とっても大変な日々を過ごしていたんですね!この入院報告は読んでいて「イタイツライイタイ」と顔を仰け反らせて読んでしまいました。中堅さんのその後はどうなってしまうの???って。元気になられてなによりです。本当無事治ってよかったですね!!
蚊を避ける達人技は残念ながら知りませんが、いいグッツを見つけたらお勧めしますね♪
新米は最近新米らしいフレッシュさにかけ、疲れたサラリーマンのような顔で会社に行っております。今日2人ほどにそう言われました。もう新米とは呼べません。
最近別会社のブログをはじめましたので、お気に入り登録させていただきました。これからは新報告に早く気づけそうです。
元新米OL
2007/03/19 13:13
元(で、いいのかな?)新米OLさん、毎度です。
本当に、ホントに、治ってよかったっす。
一時は、もういいから介錯してくれぇー!って感じでしたので。
蚊を避ける技はまだ編み出せませんので、毎日多量の虫除けを塗っています。
で、マレーシアの虫除けですが、これが、臭い!!!日本の虫除けの臭いが倍化した状態です。
お陰で、あれから1回しか蚊にさされてません。
そうですか、疲れたサラリーマンのような顔になってますか。。。。。
そういうときはもう開き直って、疲れたサラリーマンを演じてみましょう。
逆に俄然やる気が出てくるかもしれないですよ。
たぶん、後戻りできなくなりますが。。。。

中堅商社マン
2007/03/22 23:34

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マレーシア駐在 デング熱緊急入院報告 中堅商社マンの海外出張報告(へなちょこ編)/BIGLOBEウェブリブログ
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